[ 窓 ]





















「驚いた」



驚いたのは獄寺の方だった。





びくりと僅かに跳ねた手は、かろうじて鍵盤の上で止まった。

情けなくも不協和音を奏でるに至らなかったのは不幸中の幸いだ。

動揺を悟られまいとゆっくりと手を引く。



もう遅いのかもしれないとちらと思ったが、せめて威嚇の意を込めて強い眼で雲雀を見据えた。

「何の用だよ」



雲雀は嘲るように吐息だけで獄寺を嗤った。

「君に用はないよ」



獄寺は口を結ぶしかなかった。

雲雀が獄寺に用があるわけがない。

少し冷静に考えればすぐにわかることだったと、苦い思いを抱きつつ無言のまま雲雀から顔を背ける。

対する雲雀の機嫌は珍しく良好なようだった。



「ピアノなんか弾くんだね」

似合わない、とでも言いたいのだろうか、今日はやけに馴れ馴れしい。

いつもの気紛れであることはわかっていたが獄寺にとってみれば気味の悪いことこの上なかった。





早速興味を失くしたのか、雲雀は日当たりの良い窓際の席の一つに腰掛けてぼんやりと外を眺め始めた。



用がないならとっとと失せろ、と言ってやりたいところではあったが、せっかく大人しくしているのだからむやみに事を荒立てることもないと考え直した。

それに雲雀の言う用というのは、静かで日当たりの良い音楽室で休憩か何かすることなのかも知れない。

雲雀の行動動機が獄寺に分かるはずもないが、さっさと追い出したい衝動を諌めた自分を褒めてやりたい気分だった。

10代目と呼び慕う綱吉からの感化だろうか。



とにかく、雲雀などを相手にしていても仕方がないと悟った獄寺は、気を取り直してもう一度鍵盤に触れた。







癪に障るわざとらしい拍手に遮られる。



「んだよテメーはさっきから!」



さすがの綱吉効果も長く続くはずもなく、ガタンと騒がしく椅子から立ち上がり、獄寺は思い切り雲雀を睨めつけてやった。

不服そうな様子ながらも、雲雀の拍手はいちおう止まる。



「演奏終わったんだから観客の拍手はマナーかと思って」

「はぁ?」



窓の外を眺めつつただぼーっとしているだけであるかのように見ていた雲雀だったが、自らを観客と称すほどに獄寺のピアノに耳を傾けていたらしい。

しかし、拍手などされたところで獄寺としても反応に困るだけだった。

ここで素直に礼など言っては男が廃る……気がする。



散々悩んだ挙句、獄寺はぶっきらぼうに「Grazie.」と言った。



「どういたしまして」



雲雀にしてはやたらと愛想の良い微笑で返された。

皮肉でなく、普通に笑う雲雀を見たのは獄寺にとって初めてのことであるような気がした。



「……、…なんであっさり通じんだよイタリア語」

「家庭教師がイタリアの奴だったからね」



迂闊だった。



雲雀がディーノと修行していたという話は知っていたし、あの跳ね馬ならイタリア語で礼の一つや二つ言っていてもおかしくない。

考えが浅かったと後悔する獄寺だったが、雲雀の方はディーノにイタリア語で礼など言われたことは一度もなかった。



獄寺の行動パターンをある程度把握していれば、単語の意味など知らなくとも自ずから返すべき言葉は決まってくる。

誰かが指摘してやらない限り獄寺が自分の性格のわかり易さに気付くことはないのだろうが。



「さて、じゃあ僕はこれでお暇させてもらうとするよ」

あいにくとそんな親切心など微塵も持ち合わせていない雲雀は欠伸をひとつ零してから獄寺に告げる。



「野球部の練習も終わったみたいだしね」

「な……ッ!!」



これも図星。



返す言葉を見つけあぐねて口をぱくぱくさせている獄寺を尻目に雲雀は音楽室の扉を閉めた。







「……クソっ!」

いいようにからかわれた獄寺は苛立ちを持て余したまま投げやりにスツールに腰掛けた。



いつものように何気なく窓に視線を移す。

校庭に面した音楽室の窓からは練習中の部活生らがよく見えた。



ふと、獄寺は考える。

雲雀がわざわざ音楽室まで足を運び、窓際の席を陣取って校庭を眺めていたのは―― 、



「……まさかな」



根拠もない自らの憶測に乾いた笑いを浮かべつつ獄寺は音楽室を後にした。





練習を終えた野球部員たちの姿は、その窓からはもう見えなかった。



















18:28 2007/11/30

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野球馬鹿がモテ過ぎてなんか腹立つ仕様。



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