[ T I N Y E S C A P E R ]
「遅ェよ」
視線の先の獄寺はいつものように煙草の煙を燻らせて壁に寄り掛かっている。
足元に一つも吸殻が落ちていないところを見ると、遅いと文句を言いながらも、そこまで待ちはしなかったということか。
「わりィ!」
軽く謝って駆け寄ると、獄寺は背を預けていた壁を離れ、足元に蹴れた鞄を取り上げた。
中から小さなケースを取り出し、ぱくんと蓋を開けて吸殻を押し付ける。
「あ」
「どっかのバカがうるせーからな」
どうやら獄寺の待ち時間と足元の吸い殻の数は、本日をもって全く無関係な代物になったらしい。
獄寺はにやにやしながらまたぱくんと蓋を閉じて無造作に携帯灰皿を鞄に片付けた。
目が合って、吹き出すように笑った。
時折部活の終ったあと、同じ野球部の面々とは帰路をともにせず、寄る所があるからと手を振り別れる山本を、仲間たちは不審がった。
とうとう彼女でも出来たんじゃないかと笑ったが、山本はその度に、照れたような笑顔でもってきっぱりと否定していた。
月にほんの1,2度程度の獄寺との待ち合わせを、山本は誰にも打ち明けるつもりはなかった。
野球部の友人たちだけでなく、クラスメイトや、親友の綱吉にさえも。
それは獄寺も同じであるようで、だからこの逢瀬は二人しか知らない秘密だった。
とはいえ、なにも秘密めいたことがあるわけではない。
その辺りの通りをふらついて、よくあるファーストフード店で空腹を満たしつつ下らない雑談をして、家に帰る、それだけだ。
ただ、少しだけ遠出をする。
電車に乗って、二駅先へ。
冴えない中学生にとってそこは全く知らない街であり、そこでは山本と獄寺を知る者は誰一人としていなかった。
限られた時間と僅かな小遣いの中で、彼らにとっては些細な駆け落ちのようなものだった。
待ち合わせは駅近くにあるすこし大きな公園だった。
それ以外は時間も日にちも決めない。
何となく、会えそうな気がする日に気まぐれに待ってみたりする程度だったが、どうしてか高確率で会えた。
「寒ィ」
公園の遊歩道をぶらぶら歩きながら呟く。
山本の部活が終わるまで、獄寺はどれほどの間待っていたのだろうか。
吐く息さえも白く凍る空気の中で、獄寺の頬は鮮やかなほどに朱く染め上げられていた。
一方の山本は部活上がりということもあり、まだそれほど寒さは感じない。
吸殻に換算できなかった獄寺の待ち時間を思い、ふと近くにあった自販機にコインを入れてみた。
ゴトンと重たい音とともに落ちてきた缶コーヒーを獄寺に手渡す。
「オレの奢りな」
「おう」
獄寺は素直に受け取った。
長く待たせた詫びではない。
二人の間に約束の時刻などはもともと存在していなかった。
長く吐き出した山本の呼吸はそのままはっきりと白く残った。
「はー、あったけー…」
安い缶コーヒーを両手で包み、十分にその熱を堪能した後、すぐに飲む気はないのか獄寺はそれをコートのポケットへ仕舞った。
「山本、手ェ貸せ」
「うん?」
山本の手を掴んでそれもいっしょにポケットに仕舞う。
山本は楽しげに声に出して笑った。
「…あったけー」
「だろ」
ポケットの中の指が絡む。
吐息は白く冬の夜に溶け出した。
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