[ オ ー バ ー ラ ッ プ ]
その日、教室はやけに明るかった。
明るかった、というより眩しかったというか、やけに白っぽくちらちらとしていたように思えた。
この部屋は以前からこんなに日当たりが良かっただろうか。
獄寺は一時間目の授業中ぼんやりと考えていたが、答えは出せず終いでチャイムが鳴った。
惰性で休み時間になってもぼんやりとしていた獄寺に、その答えを出したのは何気なく独り言ちた綱吉だった。
「今日山本休みかな…めずらしー」
獄寺は顔を上げて、山本の座るべき席を確認をするが確かに空いている。
ああ、あのムダに図体のでかい馬鹿が居ないからこの教室はこんなに陽当たり良好に思えていたのか。
山本の姿の無い教室が彼を忘れてしまったかのように自然な日常を送っている光景に、何故だか少し苛立ちを覚えた。
教室を出て行く獄寺の後ろ姿を綱吉の苦笑が追う。
「オレの分も伝えといて、山本にお大事にって」
獄寺はその言葉で、自分がどこへ向かおうとしているのかを知った。
山本の家には、割と簡単に上がれた。
中学生が訪ねてくるにはいささか不自然な時間帯ではあったが、制服姿のままの獄寺に山本の父親が向けたのは笑顔だった。
多少拍子抜けしつつも、確かに山本の親なのだと妙に納得する。
二階の彼の部屋の前で、獄寺は初めて少し躊躇した。
ノックをするのも変な気がして、そのまま襖を開けると、山本はひどく驚いたようだった。
ベッドの上で半身を起こし、困惑した面持ちで目をしばたかせる。
瞼はどこか腫れぼったく、「獄寺?」と呼ぶ声はからからと乾いて掠れがちだった。
見舞いに来てやったのだから相手の体調が悪いのは当然なのだが、普段野球馬鹿と罵っているこの男がこうも弱り切っているのを今まで見たことがなくて、第一声、どのような言葉を掛けてよいものか大変困った。
「……生意気に風邪なんか引きやがって」
散々悩んだ挙句、出てきたのはいつもの悪態だった。
「十代目にご心配掛けてんじゃねーよ野球馬鹿の分際で」
山本もいつも通り笑って返そうとしたらしかった。
息を吸うのを失敗したのか、ヒュ、とおかしな音で咽喉が鳴るのを聞いた。
山本は身体を折り曲げてひどく咳き込んだ。
獄寺はぎょっとして、暫らくそのまま様子を見ていたが一向に治まる気配が無い。
立ち尽くしている獄寺に気付いて「ごめん」と言いかける山本の涙目の、それさえも咳を誘発してまた毛布に突っ伏す。
いかにも苦しげに蹲ってひっきりなしに咳く山本が心配でならなかったが、獄寺に為す術がある筈も無く、ただ部屋の入り口に固まって咳が治まるのを祈るしか出来なかった。
「わりィ」
掠れ声で山本は苦笑した。
「いっかい咳出ると止まんなくてさ」
固まったままの獄寺の脈拍は速かった。
「ばっ……」
そのことを山本に知られたくなくてまた怒鳴る。
「いきなり咳き込む奴があるかよ…!」
思惑通りか、山本は気付く素振りを見せずに笑った。
「無茶言うなって」
風邪の為に潰れた咽喉から発せられる声のおかげで、今日の山本は何をしても何を喋っても弱々しく痛々しいだけだった。
獄寺の頭をよぎるのは他でも無くボンゴレファミリーと綱吉のことだった。
「…お前みてーな弱っちい奴ぜってーファミリーとは認めねェ!」
急に逸れた話にももう既に慣れ切っている山本はやはり屈託なく笑い、再び咳き込むのを抑えながら言った。
「やっぱ獄寺だな」
「んだと !?」
どういう意味だと睨み付けても、山本が臆する人間でないことは獄寺もよく知っていて、それは例え風邪を引いていたとしても変わらぬ事実のようだと分かった。
「獄寺が、」
そこまで言ったのに、山本の咳はまた止まらなくなった。
獄寺が、来てくれて嬉しかった、
と伝えたかった山本の言葉を、だから獄寺が聞くことは出来なかった。
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