[ 浮 生 夢 の 如 し ]
いつものように感情にまかせて山本を殴った。
肉を打つ鈍い感覚、鈍い音と共に山本は床に叩き付けられる。
一拍間を置いて、山本は低く呻きながらゆっくりと身体を起こした。
「……っ、痛てー…」
口の端から血がつたう。
「噛んだの?」
雲雀は前に立ったまま山本を見下ろし問う。
気遣いや心配を微塵も感じさせない淡白で事務的な口調だったが、つまり、そういうことなのだろう。
山本を殴ったあとの雲雀は酷く優しくなることがある。
自覚はないようだが。
「ん、ちょっとな」
苦笑いの山本は口の端を指で拭った。
親指にべたりと赤が付着する。
「どこ?」
「どこ、って…右っ側」
山本の前にしゃがみ込んで視線は外さない。
あ、機嫌悪いな、と山本は直感した。
雲雀が表す感情は、基本的にはわかりやすい。
不機嫌な時はあからさまに目付きも悪いし、機嫌が良ければ結構楽しげに振る舞いもする。
どちらにせよ山本が殴られることに変わりはないのだが。
とかく、今のようにわかりづらく機嫌の悪いことは珍しく、山本は少しだけ戸惑った。
普段なら容赦なく蹴るなり殴るなりしてその不機嫌さを全身で表わしてくるのだがそれもない。
先刻殴られたときでさえ、いつもよりも力が掛かっていなかったようにも思えた。
視線を外せない山本に、雲雀はもう一度問い掛けた。
「どこ?」
「へ?いや、だからな…」
雲雀は山本に向かい、抑揚のない声で「あー」と言った。
意味を読み取るまでに時間は要ったものの山本は大人しく口を開けてみせた。
「あー」
「あー」
二人して「あー」と言っている間に口付けられて山本は酷く驚いた。
探し当てた傷口を雲雀の舌が無遠慮に撫ぜる。
むず痒いようなくすぐったいような感覚に耐えながら山本は兎に角じっとしているしかなかった。
薄ら赤い唾液が僅かに滴り山本の制服に小さな染みを作った。
そのうちに気が済んだのか、やはり唐突に雲雀は離れた。
「血の味がする」
厭そうに顔を顰めて口を拭う。
自分で殴って自分で口付けたくせに、と山本は口には出さずにただ笑った。
雲雀もそれに微笑み返す。
「好きだよ山本」
「うん。オレも」
自虐の一環としての言葉だと解っていながらも、それでも浮かれてしまう山本は心底嫌になった。
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