[ と め ど な く 、 春 ]
とめどなく、春が来ていた。
自転車に乗った背中に受ける日差しにあたたかさは溢れていて、正面から吹きつける風はまだ冷たいというのに、確かな春に気付いた。
逃げるようにペダルを漕ぎながらスギは思った。
春が来る。
季節の始まりは同時に季節の終わりだ。
春の陽気にむしばまれながらひっそりと暮れてゆく冬を思った。
雪も氷もなく始終穏やかだった冬。人々は誰もが口を揃えて気味悪がったけれど、青過ぎる澄み切った空は紛れもなく冬のそれだった。
この世界はおかしくなんてなっていない。
けれど、同じ冬はもう二度とやって来てはくれないとも知っていた。
それからスギは、親友の部屋のはかなげな暖房機を思う。
調子が悪くて、時どき変なモーター音を立てていた。それ自体に熱が篭もってしまっていて、触るとじんわりと、異様に熱かった。
「こいついつか爆発しそうでこわいんだ」 と、レオは言っていた。
そんな爆弾抱えてないでとっとと買い替えたらとスギも何度かぼやいたが、レオはそのたびに苦笑するだけで、少しも取り合おうとしなかった。
「長いこと使ってたから、愛着わいちゃったんだ」
いくら変な音がしていても、暖房機はレオの狭い部屋を暖めるという仕事だけはしっかりとこなしていた。
「そろそろ寿命だってのは、分かるんだ」
それから、レオは、こうも言っていた。
「看取ってやりたいんだ」
レオは軽く笑っていて、もしかしたら彼は冗談のつもりでそう言ったのかも知れなかったけれど、そんなことは問題ではなかった。
壊れかけのおんぼろストーブとレオは、底知れぬ深い愛で結ばれていたのだ。
スギはショックを受けた。
冬の間だけの短い逢瀬。春が来てしまったら、否が応でも押入れの奥に片付けないといけない運命なのだ。
レオだって、彼女(暖房機のことである)の爆発によって死ねるのなら本望だろう。本望に違いない。
買い替えろだなんてもう死んでも口にするまいと、スギは固く心に誓った。
この冬、結局、彼女が爆発したという話は聞かなかった。レオも未だにぴんぴんしている。
しかし次の冬まで放っとかれたりしたら、彼女はもう動かなくなっているかも知れない。暗い押入れの隅で一人(一台)静かに天へ召されることになるかも知れなかった。
だからスギはあたたかい背中の日差しから逃げるように疾走する。
春よ来るな!
つまるところそれは転嫁だった。
春の始まりの気配に冬の終わりの気配を感じてしまって、さみしくて仕方がなくなった、というだけだった。
極端なセンチメンタルに酔いながら、スギはレオの家へ向かう道を只管走っているという、
それだけのことなのだった。
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