[ 二 月 の 色 ]
ゆるい波が、背ばかり高い灰色の町を包み、すり抜けた。
雑踏のコートに軽く触れた後、風は素知らぬ顔で去った。
暖か過ぎる二月の風だった。
それを追ったのはスギの横目と、KKの咥えた煙草の煙だけだった。
思わぬものを捉えたものだ、とスギは視線を戻し、歩調を変えずに考えた。
相手はこちらに気が付いていない。声を掛けるべきか。
次の信号機で立ち止まる直前までスギは悩んだ。
「歩き煙草とは感心しないな」
振り向くと、結局声を掛けてしまったスギが笑った。
「余計なお世話だ」とKKも笑った。
KKが案内したのは、もう長いこと使われていない雑居ビルの屋上だった。
人のいない、見晴らしの良いところ、とスギが提示した条件は見事に満たしていた。
高度のある所を吹く風は下界のそれよりも足早で、恰好に冷たかった。
煙草の煙は薄曇の鈍空に機嫌良く掻き消された。
「で、何だ。渡したいモンてのは」
「前々から、喫煙の有害性について考えていたんだ」
スギは答えず、落下防止のための薄い金網に寄り掛かかってKKを見た。
錆び付き風化した金網が、男一人の体重をいつ支え切れなくなってもおかしくない状況で、それは、スギと向かい合って立つKKの側から見ると実に危なっかしい光景だった。
「ある時、僕は発見した」
もったいぶってスギは言った。
スギがポケットから取り出し、投げて寄越したのは派手な桃色のプラスチック容器だった。
余裕を持って手のひらに収まるほどの小ささで、上部にキャップが嵌めてある。液体が入っているらしかった。
次いで弧を描くものを受け取ると、それは黄緑色をしたストロー状の吹き棒だった。
「あげるよ、それ」
中身を確かめるまでもない。子どものやるようなシャボン玉遊びの道具だった。
「タバコを吸いたい時の気分と、シャボン玉を飛ばしたい時の気分て、とてもよく似ているんだ」
知ってた?とスギは言い、呆気に取られたようにKKが、へえ、と息を付くと、声を立てて笑った。
「さっきコンビニで買ったんだ。2本組み。本当はレオ君にあげるつもりだったんだけど」
2本組の片割れを、スギが飛ばした。
細かな気泡が淀みなく流れ、不足の陽光も充分に反射してみせた。
いい歳した男がシャボン玉遊びもいかがなものかとKKは思ったが、いざ始めたスギを見ると、彼はこういう下らない遊びをまったく自然にこなしているから不思議だった。
「こんな角だらけの色の無い町を、虹色の球体に映すんだから、シャボン玉って偉大だよね」
風とシャボンと煙草の煙は踊るようにじゃれて、どれからともなく消えた。
「タバコやめてシャボン玉にしなよ、KKも」
「やなこった」
軽く笑って、KKは階段を降りた。
地上から見上げても、相変わらずシャボン玉は浮かんでいた。
彼のいる屋上だけが夢のように鮮やかだった。
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