[ 夜 と コ ー ル に 恋 を す る ]
僕は恋をするのが苦手だ、昔から。
外で飲んで、久々に酔って、家に帰り着いたのは真夜中だった。
酒は別に嫌いというわけじゃあないが、あまり調子に乗り過ぎたときに神経の衰弱がひどく困る。
酔うと束の間楽しい気分にはなるのだけど、その後すごく自分が嫌になるのだ。
そのあたりの落差に、僕はついて行けないことが多かった。
「っただいまー」
かぎを開けて玄関の電気をつけて靴を脱ごうとしたら急にぐらっと世界が歪んで僕はそのまましゃがみ込んだ。
二次会終えてみんなと別れて電車に乗って、そこまではまだそんなに回っていなかった酔いが一気に体に影響してきたようだ。
いや、むしろ逆なのか。
駅からここまでをちょっと歩くうちに酔いが覚めかけてようやく体の異常を認められるまでになったというわけだろう。
玄関の隅でじっとしたまま、気配をうかがう。
中に殺人鬼でもいるんじゃないかってくらいに慎重に、静かに。
けれどそこには人の存在している気配は皆無だった。
ああ、と僕は声に出した。
「レオ君はいないのか」
考えてみれば当たり前だ、ここは僕の家だ。
というのにそのときの僕にはそれが殺人鬼が潜んでいるよりもはるかに恐ろしい事実のように思えたのだ。
馬鹿馬鹿しい、これだから酒など好きじゃないと言ったのに。
僕は後ろのポケットにねじ込んだ携帯電話を引っ張り出して“reo”の番号を探った。
呼び出し音。
僕は今酔っている、完全に。
じゃなければ許される筈がない、こんな真夜中に電話だなんて非常識にも程がある。
僕はコールを数え始めた。
「1、」
真夜中は昼間の世界とは別次元に存在する。
空気の味から流れから何もかもが全くの別物だ。
「2、」
ここでは音というのは特に厳重に取り締まられ、過酷な審査をパスできなければ闇へと呑まれ行く運命にある。
成績優秀なのは以下の音。
犬の遠吠え、自動車の排気音、蚊の羽音、他人の靴音、虫の音、星の瞬き落ちる音…etc。
電話のコール音なんてのは予選すらまかり通らないだろう。
「3、」
なのに酔った僕が無理やり夜へ呼び出した。
こんな静かで張り詰めた世界の中では、さぞ居心地悪く縮こまっているだろうに。
「4、」
僕とコール音は互いに寄り添いながら待った。
必死に闇雲に辛抱強く、ただ待った。
「5、」
アパート脇の道路を自動車が通過する。
地鳴りに似た重低音が近付きそして一気に遠ざかる。
音の余韻は消えない。さすが成績優秀音だな。
「6、」
無機質に数字を読み上げる声を聞く。
こんな変てこな声(ハニーボイスなど糞くらえだ)はなんて夜に似つかわしくないのだろう。
「7、 」
彼の声が聞きたい。
「8、」
ここにきて酒で火照った体が急激に冷えてきた。
真夜中の玄関先は狭く暗く冷たい。
「9、」
ふつり、とどこかに繋がる音が聞こえる。
あんなに親しくしていたコール音は僕を残して突然途絶えた。
僕は全神経を耳へ集中させる。
「彼の声は夜の審査を通過出来ませんでした」
うそうそ、そんなこと言いません。
知らないのに声だけはよく知っているいつもの女の人は冷酷に僕にメッセージを催促した。
「 おやすみレオ君」
自慢のハニーボイス(糞くらえ)でそう囁くと僕はできる限り静かに電話を切った。
明日の朝 彼が伝言を聞くのなら、彼の一日は僕のおやすみで始まるのだな、なんて考えながら眠った。
玄関先だったので次の日からは風邪気味になった。
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