[ ソ と キ ャ ベ ツ ]
家で一番大きな鍋のなかに、キャベツがあった。
まるまる一個でほとんど全部を占めている。
ゆっくりとふたを閉めて、キーボードで遊んでいる親友に声をかける。
「あれ、君が買ったの」
「そうだよ」
「どして」
「急に食べたくなったんだもん」
彼は発作的に、どうしてもキャベツが食べたくなることがあるらしい。
いつものようにあのキャベツは丸ごと煮込まれて丸ごと食べられるのだろう。
キャベツはチョコレートと並ぶレオの大好物とのことだった。
僕はというと、あの丸ごと煮込む調理法はあまり好きじゃない。
それ以前に、まるまる一個のキャベツというのがなんだかこわいのだ。
「どうするの、赤ちゃんいたら」
「・・・なに?」
レオは怪訝そうな顔で振り返った。
僕もむずかしい顔をおそらくしていると思う。
「赤ちゃんがキャベツの中にもしいたら、これは殺人事件だよ」
「 キャベツの中には赤ちゃんはいないと思うよ、ふつう」
キャベツは全ての始まりと終わりである。
赤ん坊はあのうす緑の球体の中から誕生して、世界の行き止まりの向こうにキャベツ畑を見る。
生まれ来る命を鍋の中に放り込んでぐつぐつ煮込むなんて僕には恐ろしくてとても真似できない。
「君は時どきとても残酷なことを平気な顔で、するよね」
「どうしたの、スギ、」
レオは知らない顔で、心配そうな顔で、困ったみたいな顔で、こちらを見ている。
「君のそういうところ、僕はとても恐い」
あれのせいだ、あのキャベツ。
あれがあんなところに平然とまるまる一個あるから、僕は今とても混乱している。
レオの顔なんてもうお化けみたいに見えてくるよ。
「ねえレオ」
「なに、スギ」
「僕らは男同士だから、子供が出来るとしたらキャベツから生まれてくるに違いないよね」
「・・・スギ、今 君すごく変なこと喋ってるって分かってる?」
分かりたくもない。
レオがあまりに知った風な冷静そうな口の利き方をするから、僕はだんだん本当に悲しくなってきた。
「きみは!」
僕がいきなり怒鳴ったのでレオはびっくりしていた。
生意気な口の利き方も忘れてぽかんと僕を見詰めている。
レオは、生命の誕生する神聖な球体が大好物だという。
彼は多分かみさまか何かなんじゃないかと思った。
僕は泣いていた。
この人とお別れする日が急に頭をよぎってしまった。
何もかもお終いだ。
僕らはすでにお別れしていた。
全然交わることのないふたりだったからお別れなんてするまでもなく元々が別々の生き物だったのだと気が付いた。
レオは僕でなくて、僕はレオでない。
僕はとても悲しいことに気が付いた。
「食べよう、キャベツ。皆んな食べてしまえばいい」
そしたらさよならと言おう。
ごちそうさまさよならと続けて言おう。
僕は泣いていた。
レオは何も言わないでソを叩いた。
ポーン
電子の波がこまくをぴりぴり揺さぶった。
「ふたりで半分こにする時に赤ちゃんが出てきたら、キャベツ太郎と名付けることにしようよ」
かみさまのレオが言った。
レオの声は音叉のように僕の体のどんなに小さな細胞も見逃さずに染み渡って、音の外れていた僕を調律してゆく。
ソの音。
君に出会えた。
さよならなんていやだなと思ったから、言うのはやめた。
僕は微細な波に僕の全てを震わせながらひたすら泣いていた。
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