[ 月 の 引 力 ]
サーフィンなんて大嫌いだ。
ナカジは自分が余りに子供染みていることを笑った。
夏休み、海へ行こうと誘ったのはタローだ。
思えばあの頃から自分はおかしかったのだと今になってならナカジは考えることができた。
なぜ、あんなにもあっさり承諾したのか。
夏が嫌いだ。
上昇する気温、照付ける日差し、煩過ぎる蝉、はしゃぎ過ぎる子供(自分を含め)、
あの、特有の気だるさが。
彼が好きな夏というものを一度でいい、知りたくなった。
願わくば 共有 を
我ながら莫迦な事を思ったものだ。
ナカジはとても苛ついていた。
あのような性格の彼には当然友人も多かった。
学校も然り、そして海でも。
年齢もタイプも全く異なる人間とあれほど自然に会話ができるなんて、ナカジにはとても真似の出来る芸当でない。
凄いんだなとどこか上の空でナカジは思う。
羨ましい、とも。
ナカジは困った。
気分が沈んでいる。
タローも、彼と楽しげに会話をする彼らも、海も砂も空も、夏も。
どうしようもなく鬱陶しいのに何故だか思考に纏わり着いて離れない。
散々遊んだあと、タローは見たこともないような上機嫌だった。
それにさえナカジは苛付く。
此処は自分の居て良い場所でない。
ナカジは心の底から思い知った。
もうやめよう。
元々合わないと思っていたんだ、合う筈が無いと。
此処は俺の居て良い場所じゃない。
俺は奴と居て良い奴じゃない。
自惚れていたんだ、隣でよく笑うから、勘違いをしていたんだ。
ここから帰ったらいい加減もう、やめることにしよう。
ふ と、気が付くと目の前に手の平。
ナカジは額に伸ばされた手を拒むように払い除ける。
訝しげな表情が目に映った。
「ナカジどしたの?」
体調を心配されるほどあからさまに態度に出してしまっていたことに今更ながらナカジは気付いた。
何も知らない振りでぶっきらぼうに返す。
「何が」
「ねえ、もしかして怒ってる?」
「 何故俺が怒らなくちゃならないんだ」
怒っているわけでは、決してない。
実のところナカジ本人も理解不能な嫉妬だの羨望だのが入り混じっていて表現の仕様がないのだ。
全部を端折って一番簡単に述べてしまえば、ナカジはタローが自分の知らない人間と親しくしていたのがどうしようもなく気に食わなかった と、それだけのことなのだが。
まさか自分がこんなに強い独占欲を所有していたとは。
完全に的外れなやきもちに対処し切れずにナカジは多少混乱していた。
「ナカジさ、なんか今日いつもと違うよ?」
「違わない」
「俺がなんか気に食わなかったんなら謝るよ」
「別に何もない」
「 ごめんね遅くまで付き合せちゃって」
「そういうことじゃない」
「・・・・・・」
「・・・違う。遠出が久しぶりだったから少しだけ疲れたんだ」
「 そっ か」
タローは納得し切れていないのを無理に飲み込むように笑いかけた。
聞かれたくないことだと判断したのか、歯切れの悪いナカジに愛想をつかしたのか。
どの道不愉快に思っていることだろう。
もうやめようと決意しながらまだ嫌われたくないと思ってしまうナカジは心底嫌になった。
他愛のない話をしながら海岸沿いを歩く。
といっても話しているのはタローばかりで、ナカジは気のない相槌だけしか出来ない。
いつもよりタローが多弁なのもナカジに気を使ってのことだろう。
「・・・ナカジ、こっち」
「駅へ行くんじゃないのか」
「ごめん、もうちょい付き合って」
「どこに」
「 ん」
タローの向かう細い道はまた海へ出そうだった。
足早に歩く彼をナカジも追う。
公道から降りたのはさっきまでいたような砂浜でなく、大きな岩ばかりのある場所だった。
こんなことろに何があるのかと思う間もなく、タローは躊躇もなく岩だらけの所を乗り越えていこうとする。
「タっ…ここを行くのか?」
「うん、濡れてるとこ滑るから気ぃ付けてね」
言いながらタローはもう岩を乗り越えている。
おいおいと思いながらナカジもそれをなんとか追いかけていく。
そういえばもっと小さい頃はこんなところ平気で通っていた。
あの頃は何をどんな風に見て考えていたのだったか。
少しぼんやりしたら唐突にがくんと滑って、必死で持ち直す。
「ナカジだいじょぶかっ?」
「っああ、吃驚した・・・」
「こんなとこで転んだら頭打って大変だよ」
「下手したら死ぬな」
「えー恐いこと言うなよー」
「心配するなちゃんと俺が看取ってやるから」
「てかおれよりナカジのが転びそうじゃん」
「転ぶか。ここじゃ成仏できん」
タローが笑った。
ナカジはふと不思議に思う。
いつの間に普段通りの会話ができるようになったのだったか。
「はい、到着」
タローが降り立ったのは狭い砂浜だった。
周りは全て岩場で、2メートル四方程度のそこだけが平らな砂地になっている。
今は他と変わらぬ様子で静かに波が寄せているが、周りの岩の湿り方からみて、満潮になると沈むのかもしれない。
「俺の秘密基地」
子供のような笑顔でタローは言った。
たしかにここであれば誰にも見つかる心配はないだろう。
というか、タローこそよくもこんな場所を発見できたものだ。
タローはその場にすとんと腰を下ろして海を眺めた。
「あーあ。教えちゃった。だれにも秘密にしとくつもりだったのに 」
タローはごくたまに不思議なわらいかたをすることがある。
なにか慕わしげにけれどまだなにか諦め切れないようにひっそり微笑する。
理由があるのか、たまたまそんな風に見えてしまうだけなのかはナカジにはわからない。
「ほんとは教える気なかったんだけどなー」
「ならどうして教えたんだ」
「なんでかな、なんでだろね。ナカジだからかな」
「意味がわからん」
「ナカジだからだよ。もーぜったい誰にも教えないー」
そう言って、一人で笑っている。
ナカジは隣でその様子を生真面目に見詰めた。
「悔やんでるのか、俺になんか教えたから」
「んーん。ナカジじゃないと教えたりしないよ」
「 どうして俺なんだ」
「どうしてって、」
タローは悩みもせずに言った。
「ナカジがおれの親友だからだよ」
タローの横顔が落陽に映える。
窮屈な極秘の海にそれは似合いだった。
ナカジは余りに驚いてしばらく口が利けなかった。
「タロー」
勘違いでは ないのだろうか。
自惚れて よいのだろうか。
隣に居て よいのだろうか。
「タロー、」
「うん?」
「タロー」
「 うん」
海は溢れない。
潮が満ちてゆく。
月の引力でここは海の底へと沈むだろう。
ナカジは夏もサーフィンも好きではない。
ナカジは夏とサーフィンが好きな奴に好かれたかった。
タローはナカジを親友と言った。
ナカジはそれがうれしかった。
たったそれだけのことだった。
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