[ 水 無 月 の 閑 ]





















アッシュは溜息をついた。


外は、雨は降っていないにしろどんよりと湿った雲が拡がっている。

嫌いというほどではないのだが、梅雨どきの雨はあまり好きになれない。

…かたつむりには嬉しい時期なのかもしれないが、
今のところかたつむりになるつもりもないし。

窓の縁の部分を、あくまでのんびりと進むかたつむりを眺めて、
アッシュは両の耳を大きく上下させた。



「随分と暇そうじゃないか」



後ろから声が聞こえた。

窓ガラスに映っているであろうその姿を確認するまでもなく、アッシュはすぐに笑って返す。



「ユーリのほうこそ、暇なんじゃないスか」



彼自身が暇でなければ、暇そうにしている者にわざわざ声をかけたりはしないだろう。

ユーリの生きてきた時間に比べればほんの少しなのかもしれない。

それでも一緒の時を過ごすようになったアッシュには、
そのくらいの些細なことならばいつの間にか解るようになっていた。



「まぁ、暇には違いないな」



ユーリは肯定の意味を込めて笑うと、アッシュの隣で同じように窓辺を眺めた。




「…蝸牛、か」



ゆっくりと、しかし着実に前へ向かって這って行くそれを見、ユーリは目を細めた。



「オレ、梅雨ってあんま好きじゃないんスけど、かたつむりはけっこう好きっスね」



ガラスにぶつけたつのをあわてて引っ込めるかたつむりに、アッシュは少し微笑む。



「かたつむりも悪くないが…そうだな、紫陽花は好きだな」



紫陽花   小さな小さな花が、萼に守られ寄り集まって咲いている花だ。

場所が違うだけで、その色を着替える気分屋である。



「へぇ、なんか意外っス…」



思わず神妙に呟く。

ユーリが薔薇好きなのは知っていたし、どことなく、そんな雰囲気があった。

でも、紫陽花という小さな花はあまりユーリのイメージにはなかったのだ。



「見てくれで人のイメージを固めてほしくはないのだが?」



台詞はいかにも気分を害したというような言い方だったが、口調は笑っている。

つられるように、アッシュも笑顔になった。



「なんか今日 機嫌いいんスね」

「あぁ。雨自体は好きなほうだからな」



ユーリは窓を見やった。



タン、と軽い音がして、雨粒が硝子にはじける。

とうとう降り出してきたらしい。

雨の曲調はだんだんと速くなる。

ついには優しげなノイズ音になるまで、二人は窓際にたたずんでいた。

雨独特の湿気と土の匂いが、少しだけ暗くなった空を落ち着かせている。

アッシュの言うようなじめじめした六月の雨ではなく、この時期には珍しい閑かな蒼い雨だった。



そのうちに、ユーリが口をひらく。



「この音楽には如何しても敵わないのだろうな」



諦めたような落胆したような、それでいてとても楽しそうな口調だった。



「ずっと幼いときから、全く変わっていない」



無論、そんな昔のことは覚えていない。

ただそんな気がするだけのことなのだが、信憑性は高いように思えた。



「雨に闘争心っスか?」



隣でアッシュがおかしそうに笑う。



「わかり切った勝負はしない主義なんじゃありませんでしたっけ?」



悪戯っぽく いつかの台詞を繰り返される。

自分とは対照的に、本当に細かいことまでよく覚えていられるものだ。



「勝負している気などないさ」



ユーリはあっさりそういうと、のどの奥で笑った。


けれど、ユーリの唄だって雨に負けてはいないと思うのに。

きっと自分以外も、誰もがそう思っているからこそ、こんなに人気が出るのだろう。




「俺は好きっスよ、ユーリの“音”」

「光栄だな」





声を潜めて、二人でわらう雨の午後。

それはほんの些細なこと。

それはとてもゆっくりした日常。





かたつむりは、いつのまにか退散していた。



















2:19 2003/07/07

--- c l o s e ---





もっとちゃんと彼らを表現できたらきっと一人前になれるような気がします。
しっかしこれタイトル気に食わなねぇな。なんとかならないものか。




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