[ 光 源 ]
手元のろうそくだけじゃ殆ど何も見えやしない。
エドワードは不服そうに、それでも辺りを見回す。
「なあ大佐ーなんで明かり点けちゃ駄目なんだよ」
「しっ」
マスタングはエドワードの目の前に人指し指を突き立て真面目な顔を作る。
「今見付かると色々まずい」
色々といっても、まずいのは仕事を抜け出してわざわざやって来たマスタングだけであり、エドワードは自分に火の粉が降りかかることはないと確信している。
というよりむしろマスタングは、エドワードのために仕事を抜け出したのではなく仕事を抜け出す口実としてエドワードを使っているのだろう。
残業中に、ご苦労な事だ。
「軍に保管されている石の情報だ」
いたずらを企てている子供のように楽しげにマスタングが取り出した紙の束を受け取る。
「助かるよ、オレ達じゃ下手に閲覧許可も取れないからさ」
「何、この位お安いご用さ」
僅かな蝋燭の明かりを頼りにざっと目を通し、自分の望んでいたものであることを確認しながらエドワードは素直に礼を述べた。
「……さて、そろそろ行かねば中尉に怪しまれるな」
屈んでいた身をゆっくりと伸ばし、マスタングはエドワードの手から蝋燭を取り上げた。
手元の火をなくしてちっとも文献の読めないエドワードが文句を言おうとするのを制し、借りるだけだ、と小声で告げる。
そして軍服から取り出したメモ用紙に何事か書き付けろうそくをその上に据えた。
一瞬、辺りに青白い光が飛散する。
ようやく闇にも慣れてきていた目には唐突過ぎた光は瞬く間にエドワードの視力を奪った。
やっとのことで瞳が闇に同調すると、エドワードの前には2本に増えたろうそくがあった。
「……言えばオレがやってやったのに」
わざわざメモ用紙に錬成陣など書く手間を取らずとも、真理を 理解 してしまっているエドワードには錬金術を使うことは可能なのだ。
マスタングは笑って、白い手袋を嵌めた指先を擦り合わせる。
芯の焦げる微かなにおいと共に少し短くなった2本のろうそくに再び火が燈った。
そのうちの一本をエドワードの手元に残し、もう片方はマスタングが手に取る。
「あまり暗いところで読み物をすると視力が落ちるぞ」
ほどほどになと言い残し、出て行こうとするマスタングをエドワードは短く呼び止めた。
「大佐、」
「ん?」
「これ、違う」
エドワードは抱えた資料から数枚を抜き取り、マスタングに差し出す。
蝋燭という乏しい明かりの所為か、エドワードの苦笑は意味深なものに見えた。
「軍将校殺害事件について調べてんのは オレじゃない」
「ああ交じってたのか。悪い」
マスタングは軽く笑って受け取ると、ろうそくの明かりとともに今度こそ部屋を出て行った。
光源をひとつ失い、夜更けの部屋は暗さを増した。
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