[ 勤 務 時 間 外 の 手 品 師 ]
不意に、心当たりのある微香と共に立ち上る紫煙を見た。
とはいえ少尉ならとうの定時に上がっているはずだ。
他に心当たりのある人物の思い浮かばないフュリーはそろりと歩を進め様子を窺う。
男はベンチに腰掛けぼんやりと煙を空へ吐き出していた。
そしてそのまま視線だけをフュリーに寄越すと、やぁ、とやる気なく片手を上げてみせる。
「今上がりかい?お疲れ様」
残業中であるはずの上官がいて良い場所と時間ではない。
フュリーは苦笑した。
「いいんですか、大佐」
「幸い有能なお目付け役はご帰宅なさったからな。何、どうせ期限は明日だ、気長にやるさ」
気長にできないからこその残業なのだろうが、当のマスタングは呑気なものである。
これ以上この話題を長引かせても無駄なだけだ。
素早く察したフュリーは、とっとと話題を変えることにした。
「それ、少尉のものと同じ銘柄ですね」
先刻から気になっていたことを口にすると、マスタングは何故か笑い出す。
「デートだなんだと浮かれているから注意力も散漫になるんだ。全くけしからんな」
小言交じりに上着のポケットから小箱を取り出し、フュリーに不敵な笑みを向ける。
同じ銘柄どころか、少尉の煙草そのものを失敬してきたらしい。
今に始まったことではないが、この上官には呆れて言葉も出ない。
「一本どうかね」
パッケージの底をト、と叩いて一本だけを浮かせ、フュリーの前へ差し出す。
「…………じゃあ、いただきます」
観念したように笑って煙草を抜き取るとフュリーはマスタングの隣に腰を下ろした。
その様子をマスタングは横で変ににやついて眺める。
「冗談のつもりで言ったんだがね。君が煙草を呑むとは知らなかったな」
「職場じゃやらないことに決めているんです」
「ここは職場じゃないのかい?」
「僕もう上がりましたから。……あの、恐縮なんですけど火、ありますか」
マスタングはにやにやと笑みを深くした。
「それが、あいにく持ち合わせていないんだよ」
「え、でも」
フュリーは怪訝そうにマスタングを窺う。
彼が指で挟んでいる煙草には当たり前だが火も点いているし煙も上っているのだ。
マスタングは煙草を口に咥えるとポケットからいつもの白い手袋を取り出し、フュリーの見ている前でそれを右手に嵌める。
指先を軽く擦り合せると甲のサラマンダーが僅かに発光し、フュリーの煙草からも煙が上がった。
「……本当にマッチ要らずなんですね…」
「上官に点けて貰えるだなんて光栄だろう、曹長」
「ありがとうございます、サー」
マスタングはどうやら得意げに発火布をしまっているが、フュリーの思うところはというと
錬金術もああいう風に使うと胡散臭い手品にしか見えないのだなということだった。
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