2 4 t h t i t l e : 「 な か な か の 勇 気 だ な 」
「なかなかの勇気だな」
国民的人気バンドDeuilのリーダーでありヴォーカリストであるユーリはファンにはとても見せられないような毒々しい微笑を向けた。
人にはそれぞれ禁句というものが存在する。
ユーリに関しては「あれ、ユーリちょっと太ったんじゃないスか?」がそのひとつだった。
「い、いや・・・その、っスね・・・」
アッシュはおろおろと目を泳がせながら弁解の言葉を考えるのに必死だ。
「あんまり目に見える変化だったんで、一体どーしたのかなー、と・・・」
「ほう・・・」
ユーリの微笑が徐々に深くなる。
喋るそばから失言だったとはっきりわかるほどだ。
「 どうやら貴様は今この場で全身の血という血を一滴残らず絞り上げて欲しいらしいな?」
「めっ・・・滅相もないっス・・・」
言いながらにじり寄ってくるのだから怖い。
実際 彼には今この場で全身の血という血を一滴残らず絞り上げるくらい容易いことなのだ。
残念なことにアッシュは今、十字架もニンニクも持ち合わせていない。
たとえ運良く持っていたとしてもこの吸血鬼には全く効果はないということはアッシュだってよくわかっている。
そんなもので怯んだりするのは大昔の童話に出てくるドラキュラ伯爵くらいのものだ。
ユーリの表情をそろりと窺い見ても、少しも眼が笑っていない。
この人まさか本気なんじゃ、とアッシュは泣きたい気分になった。
「オレの血なんて不味くて飲めたもんじゃないっスよ!きっと!」
「いや、好みは分かれそうだがなかなか癖になる味だ。特に満月近くになると甘みが増して」
「ちょっ・・・っなんでそんな詳しく分かるんスかっ」
「生モノは味が変わりやすいからな。品質調査に抜かりはない」
ユーリの非常食になった覚えはアッシュにはこれっぽっちもない。
なおもゆっくりと歩み寄ってくるユーリに、アッシュは距離を一定に保ちながら後退するより他なかった。
どん、と 背中に軽い衝撃。
ああもうあとがない。
・・・・・・はずはない。
壁際まではまだだいぶあったはずだ。
おそるおそる振り返ると、案の定そこにはスマイルが笑っていた。
彼の場合、今までたしかに何もなかった筈なのに…というのは通用しない。
姿を消失させたスマイルをそれと分かるのはいくら鼻の利くアッシュであってもほとんど無謀である。
「何の用だ」
問うユーリの声が一段低い。
予想だにしなかったタイミングで現れたスマイルによって、彼の不機嫌の純度はより高いものになったようだ。
一方のスマイルはユーリの機嫌などものともせずにいつもの調子で笑う。
「ユーリちゃんとアッくんのメオト漫才が余んまり面白いからネ、見物させて貰ってたんだよ」
一体どのようにすればあの緊迫した状況を夫婦漫才と見ることが出来るのか、アッシュには全く理解不能だ。
ユーリは一笑し、高圧的に言い放った。
「失せろ。食事の邪魔だ」
「しょ、食事・・・」
震え上がるアッシュとは対照的にスマイルは動じた様子もない。
「マアマアその位にしといてお上げよ。アッくん涙目だよー」
アッシュはほっとした。
スマイルがなだめてくれればユーリもあるいは矛を収めてくれる気になるかもしれない。
「そう悲観するほどの体型でもないじゃない。じゅーぶん細いと思うけど。ねぇ、アッくん?」
「そうっスよユーリ!」
実際それは効果を挙げているようで、ユーリも一応納得してきたような顔つきになってきている。
「大体さあ、ユーリちゃんも気にし過ぎだよ。若い女のコじゃあるまいし。ねぇアッくん?」
「そうっスよユーリ!」
頷いてからアッシュは何か引っかかりを覚えた。
今のスマイルの言い回しでは「女のコ」とともに「若い」の方も否定していることにならないだろうか。
幸いユーリの気には留まらなかったようなので安心だが。
スマイルは続けて言う。
「あー、それともモシカシテ中年太りってヤツかもねぇ、アッくん?」
「そうっス・・・、・・・」
スマイルの姿はそこにはなかった。
彼の場合、今までたしかにそこにいた筈なのに…というのは通用しない。
姿を消失させたスマイルをそれと分かるのはいくら気配に敏感なユーリであってもほとんど無謀である。
いない相手に、矛先は向けようがない。
「アーッシュ。どこへ行く気だ? ん?」
お終いだ、とアッシュは思った。
9:20 2006/07/28
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