1 2 t h t i t l e : 「 ま い っ た な あ 」
「まいったなあ」
急に降り出した雨に空を仰いでサトウはため息をついた。
今朝は少しだけ寝坊して 天気予報を見る時間がなかったのだ。
いつもよりししゃもが名残惜しげに鳴いていると思ったら、こういうことだったのか。
猫の勘ってすごい。
いや、もしかするとししゃもだからわかったのか?
そんな飼い主馬鹿なことを思ってそっと笑う。
お腹を空かせているであろう彼の待つ家へ早く帰らなくてはならないけれど、仰ぎ見る空はそれを許してくれそうにない。
かろうじての雨避けのあるバス停にたたずんで、どうしようかなと呟いてみたところでこの状況はどうにもならないものだ。
ずぶ濡れ覚悟で走ることを決意しかけたときだった。
「サトウさん?…どしたんですか」
雨の中危なっかしい傘差し運転で声を掛けたのはリュータだった。
学校帰りというにはもうだいぶ遅い時間なのでアルバイトの帰りかなにかだろう。
サトウは苦笑した。
「傘、忘れちゃってね」
家ではかわいいししゃもが待っているというのに、帰るに帰れないのだ。
肩を竦めてみせるサトウに、リュータは意を決したように真面目な顔で手に持った傘を差し出した。
「あ、あのっ、もしよければコレ 使って下さいッ!」
「えぇっ?」
サトウはぎょっとして押し返す。
「リュータ君が帰れなくなっちゃうよ!?」
「オレは平気っす!フード被るし家遠くないし、あ、ほらオレ馬鹿だから風邪も引きませんし!」
「そういうわけにいかないよ。リュータくんはこのまま家に帰りなさい」
少々強めに言うとリュータはぐっと言葉を飲み込んだ。
それからお互い黙りこむ。
雨は一向に止む気配を見せず、それどころか先ほどよりも強くさえなったようだ。
耐えることのない雨音の中、しばらく気まずい沈黙が続いていた。
強く言い過ぎたろうかとサトウが後悔しているところで、リュータがおずおずと口を開く。
「 サトウさんっ、」
「うん?」
「もし、イヤじゃなければ、いっ家まで送らせて下さい!
あの…その傘は、い、一緒に入ることになっちゃうんスけど…っ」
「 いいの?」
サトウにとってそれは思ってもみない申し出だった。
「でもリュータくん遠回りになっちゃわない?」
「や、もうゼンゼン平気っす!」
リュータの気迫に押されるような形で結局サトウはお願いすることにした。
「リュータくん ほんとにありがとうね」
この後一週間以上もリュータが浮かれっぱなしだったことは、帰りを待つ愛猫のことで頭がいっぱいだったサトウにはもちろん知る由もない。
18:06 2006/02/10
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