4 t h t i t l e : 「 つ い て な い な あ 」
「ついてないなあ」
まだ湿った髪のまま、誰にともなく呟いてしまった言葉に溜息が混じる。
無論返答は予測していなかった。
「何がです?」
少し驚く。
ウェラー卿コンラッドは時々非常に余計な合いの手を入れてくれる。
あの笑顔がどんな場合も好印象を与えるとは限らないのだ。
「単なるひとりごとだよ、大した事じゃない」
苦笑まじりに言う。
彼は一応納得したような素振りを見せてから、そういえば、と話を切り出してきた。
「ヨザックが戻って来られるのは3週間後の予定だそうですね」
なにが そういえば、だ。
思い切り核心を付く話題提供に心中で毒づく。
「へぇそうなんだ」
とはいえそれを表面に出すようなことは間違ってもしないが。
「それがどうかした?」
何事もないような笑顔で尋ねてやる。
そんな心境を知ってか知らずか、いやおそらく全てわかっているであろうウェラー卿は少し苦笑をもらした。
「いえ、なかなかタイミングが難しいなと思って」
これまで、渋谷のいうスタツアには幾度となく遭遇してこちらに出向いている。
けれど国外任務の多い有能なお庭番とはもう本当に運がいいときしか出くわせないのだ。
時間軸のずれた移動を繰り返している者でさえ随分長いこと見かけていないという認識を持つのだから、ずっとこちらで生活している者にとっては尚のことだろう。
「会いたがっていましたよ」
「そうだろうね。ただでさえ渋谷がこっちに滞在できる機会なんて少ないのに。まったく、運がないね彼も」
そう笑うとウェラー卿も薄茶に銀を散らした虹彩を持つ瞳をすっと細めて微笑した。
「貴方にですよ、猊下」
こういう表情をすると、どこかの魂の記憶に非常によく似る。
記憶の重さを思い知る。
そんなことを片隅で考えながら、彼の発言をさっぱり笑い飛ばしてやる。
「それはまた随分罰当たりだね。魔王陛下を差し置いて、身分不相応極まりない」
ウェラー卿は困ったように首を傾けて言う。
「大目に見てやってください。本当に貴方のことを大切に思っているんですから」
「いや」
ちゃんと笑って、否定してやった。
「僕が、だよ」
自惚れている場合ではない。
己の立場を思い知らなきゃいけない。
まだ少し、恐ろしかった。
1:54 2006/01/16
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