[ 1 0 t h t i t l e : 二 枚 目 ]
無造作に投げ出された空色のスケッチブック。
2:50 2006/01/27
何の気もなしに手にとってページをめくる。
一枚目は風景画。
どこかで見覚えのあるとこだと思ったら、これはここん家のベランダから見える景色だ。
濃い鉛筆だけで描き出されたそのモノクロの絵はずいぶん細かいところまで丁寧に表現されている。
なんだ、なかなかうまいじゃないか。
日付はどこにも見当たらないけれど、この山居間はビルの陰で見えなくなっちゃっているから、きっと僕らが出会って間もない頃に描いていたんだろう。
もう見られない景色を絵の中に見つけて少しどきりとした。
記憶の中にすら思い描こうとしなかった なんて些細な風景。
あの風景はたぶん、今じゃこの絵の中にしか存在しなくなってしまっているんだ。
まさか彼はこうなることを知っていてこんな絵を描いたんだろうか。
僕はそっと、ページを進める。
二枚目の絵は人物画。
どこかで見覚えのある人だと思ったら、
これは、僕だ。
「なーにしてんのスギ」
僕を見つけた瞬間、君は買い物袋をぶら下げたままあきれた顔をした。
「ちょっと拝見してるよ」
軽く言って、僕はページをめくる手を止めない。
「…君さ。そんな堂々とヒトのプライバシー侵害していいもんなの」
「見てくれと言わんばかりに机の上に置いてあったんだから仕方ないさ」
言うだけムダと悟ったらしい君は僕を置いて、買ってきた品々を片付けるべく冷蔵庫へとむかった。
三枚目、今はデザイナーズマンションの金物屋と空き地。
四枚目、今は児童公園の廃園になった保育園。
五枚目、今は分譲住宅地の大きなお屋敷。
僕はページを捲っていく。
今がどうなっているのか僕は知らない古びた家屋や定食屋さん、今がどうなっているのか僕も知っている小さな工場や家庭菜園。
そんな風景が続く。
十八枚目、つい最近取り壊されて、今は空き地の野良猫の棲家。
十九枚目、近いうちに取り壊す予定で、今は立入禁止の廃ビル。
二十枚目のページからは真っ白なただの画用紙だった。
表紙を閉じて、戻ってきた君に手渡す。
「上手なんだね」
君は苦笑いの顔で受け取った。
二枚目のモチーフに選ばれた理由を、僕はきっとずっと訊かない。
スギ君が二枚目のモチーフに選ばれた理由はスギ君が二枚目だからです
ってオチにしようかと、最初本気で思っていた。
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