[ 9 t h t i t l e : 荷 車 ]





















「ちょっとそこ行くお庭番くんー」



前方のオレンジが立ち止まり振り返った。



「やぁーだ、猊下ってば城内でナンパなんて止してくださいよォ」



自分で声をかけたとはいえ、いきなりのオネエ語に一瞬ひるむ。



確かに、一緒にお茶してかなーい?とか続きそうな古典的ナンパ口調ではあったが別にお茶が飲みたいわけでも恋に恋してるわけでもないのだ。

まあ相手にそう取られたのであれば仕方ないと村田はあっさり思考をひるがえした。

ごめんごめんと軽く謝罪してから続ける。



「ごめんついでにコレ、運ぶの手伝ってほしいんだけど」



村田はコレ、というところで足元に積み上げてある でかい、厚い、古めかしいと三点そろった いかにも重量のありそうな本を示した。

ヨザックはおどろいたようにその大荷物を見詰める。



「よっくもまあこんなモンお読みになる気になりますな」



荷物の重量は問題ではないらしい。



「さすがに読破する気はないけどね」



村田はあいまいに笑ってちょっと肩をすくめてみせた。







何冊かは村田も自分で運ぶつもりだったのだが、



「我が国の宝である双黒の大賢者様に荷物持ちなんてさせちまった日にゃギュンター閣下に呪われます」



よいしょと大して重くもなさそうなお決まりの掛け声でヨザックは積み上げてあった書物をいとも簡単に抱え込む。



「わあお パワフルー」



意味は通じないだろうが貶し言葉でないことはわかったようだ。

ぱわふるってのはウチの親分が好きそうな生物の一種ですか、と訊かれたのだがわざわざ教え込んでもこの国では今後一切役立ちそうにないので、そんなところかなと笑っておく。

程遠いところに位置している彼の予想をそのまま知識として覚えられたほうが厄介なのかもしれないが、それはそれでおもしろそうなので放っておくことにした。

興味を持ってしまったフォンヴォルテール卿にどんな生物なのか訊かれたらチワワの絵でも描いてやろうか。



「で、どちらまでお運びいたしやしょーか?」

「そうだねー」





場所を告げて、広い廊下を2人で歩く。

やっぱり持とうかと言ったのに軽くあしらわれて、結局本は一冊も持たずにちょっと手持ち無沙汰だ。

気まずいので会話を持ちかける。



「久しぶりだね、ここで見かけるのは」

「ご無沙汰してて申し訳ありませんね」



ヨザックに眞魔国内で出会うことはなかなかない。

仕事がら外国に潜伏する期間も長いし、時々戻ってきてもまたすぐ出てしまう場合がほとんどだ。

現に今も帰ってきたばかりで、ついさっき こちらも同じく仕事詰めで眉間のしわが増えがちなお兄さんに報告を終えたところらしい。



「いそがしいね」

「そーなんですよ、こーいう下っ端兵ばっか走り回らせるんだからもう嫌んなっちゃう」



ヨザックは嫌になっている割には楽しげに笑った。





大きめの窓から差し込む、地球の日本の東京の某所より幾分か澄んだ光がオレンジに反射してその鮮やかさを際立たせる。



「髪がきれいだね」



ちょっとやそっとじゃ動じないはずのお庭番くんは抱えた本を大理石に似た石の床に落としかけた。



「やっぱり手伝おうか」



しれっと言うと、



「猊下ってばホメ上手なんだから」



グリ江照れちゃう、などと言いながらさっさと歩いてゆく。

本気なのかそうじゃないのか、判断がしづらいところは、彼の隊長あたりから学んだのだろうか。



「君も少しは渋谷やフォンビーレフェルト卿を見習うべきだよ」



考えていることが顔や態度もしくはその両方に出る人の代表だ。



「? 何の話ですかぁ」



村田の考えていることなど知るよしもないヨザックは不可解そうに振り返った。



「君のこと考えてたんだよ」



注意散漫になっているらしいお庭番くんは、またもずり落としそうになった本を抱えなおす。



「重そうだね、手伝うよ」

「大丈夫ですってば」



むこうもちょっと意地になっている。

にこにことしながら村田は思った。


誰でもよかったんだ、ちょっと助けてほしかっただけで、渋谷でもフォンビーレフェルト卿でもウェラー卿でも名前忘れたけどあのスキンヘッドがお似合いの兵隊さんでも。

たまたまそこを通りすがったのがヨザックだった。

隠密工作員にしてはいささか目立ちすぎるんじゃないかと思われるオレンジ頭が目に入ってしまった。

それだけだ。





「またすぐに国外出張?」

「一時報告にちょっと寄っただけですからね、明日には出ます」

「さみしくなるね」

「そりゃあ勿体ないお言葉をどうも」



今度は落としかけたりしなかった。

ちょっとくやしい。



「オレも猊下とはなれるのは淋しいですよ」



本を持っていなくてよかったと村田は思った。

一冊でも持っていたら間違いなく落っことしていたことだろう。

ふざけたことを言うときにはオネエ口調になるくせに、そうじゃないなんてまるで真面目に言っているみたいじゃないか。



どう切り返そうか考えあぐねているうちに、目的地に到着。

遠いと思っていたのにずいぶんと早く着くものだ。

本を降ろしたヨザックに村田は笑顔で言う。



「いやあ助かったよありがとう」



今度も荷物運びは君に頼もうかな。

すると、



「お呼びになられましたらいつだって猊下専属の荷車になったげちゃいますよ」



ヨザックは言った。

だからグリ江以外にナンパするのはよしてねん、と。



「明日には国外だろ」

「側にいられないときは申し訳ありませんがご自分で運んでください」



……。

なんて身勝手な。





村田は、でかくて厚くて重そうな本をこれからもう数十冊ほど専属荷車に運んでもらうことにした。



もうすぐ外もオレンジの斜光に染まるだろう。



















6:32 2005/09/16






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やっちまったマ。
今回かなりの割合で「ちょっと」という言葉が使われているので反省。数えてみたらあんな短い文の中に5回だ。




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