[ 5 t h t i t l e : 遺 誡 ]





















ゆい-かい【遺戒・遺誡】
  訓戒を後人に残すこと。また、そのいましめ。遺訓。いかい。ゆいがい。(広辞苑 第五版より)




















星が多く出ている夜だ。



ハボックがそう気付いたのは、外に出てから二本目の煙草を吸い終えたときだった。

今は上官と飲みに言った帰りで夜もだいぶ更けている。

昼間はわりと賑やかな通りも、誰もが寝静まって野良猫の影さえ見当たらないこの時間帯では全く知らない場所に迷い込んでしまったような気さえした。





「星、すごいっスね」



半歩前を黙々と歩いていた上官に声をかけてみると



「そうだな」



こちらを振り返ろうともせず、気のない相づちだけが返ってくる。

ハボックは三本目の煙草の煙とともにため息をついた。



「大佐の自宅ってこっちのほうでしたっけ?」

「いや、遠回りになるがこちらからでも行ける」

「平気なんスか」

「いざとなったらしっかり護衛してもらうさ」

「・・・アンタん家まで送らせる気じゃないっスよね」

「来たければ来てもかまわんよ」



確信的な物言いにハボックは自分がこれからかなりの距離を歩かなければならないことを知る。

この国家錬金術師が行方をくらましたままである傷の男にいつ遭遇しないとも限らないのだ。

それを承知した上での言動だからタチが悪いことこの上ない。



「・・・俺 小銃ひとつであんたを守りきる自信ないんで、もし本当にヤバくなったらとっとと逃げてくださいよ」

「そうだな、考えておこう」



曖昧に返事をして、それきりロイは口をつぐんだ。

先刻からずっとこの調子だ。

なんとも居心地の悪い沈黙をどうすることもできないハボックは、ただ押し黙ってロイの後ろを歩くしかなかった。









沈黙を破ったのはロイのほうだった。

彼は独りごちるように呟く。



「星がすごいな」



その言葉はハボックを紛れもなく呆れさせた。



「・・・・・・それ さっき俺が言いましたけど」

「私も言おうと思っていたんだ」

「・・・あぁ、そっスか・・・」



いったいここからどうやって会話を切り出せというのか。

ハボックが考えあぐねていると、やはり独り言のような調子で声が聞こえてくる。



「あいつが死んだときはこんなに星があったろうか」



ハボックは顔を上げて、前を行く人物の後ろ姿を見た。

こういうときにロイの言うあいつは一人しかいない。

親友の死が彼に相当の影を落としているのは痛いほどに明らかだった。

思った以上に風が冷たくなってきている。



「・・・俺は後から知ったんで、その日の夜の星なんてわかりません」

「そうか、そうだったな」



ロイはさして可笑しくもなさそうに笑った。





親友は割とよく星を見ていた。

外に出て空を仰いで、今日はなんとか座が良く見えるだの、なんとか星が明るいだのとわけのわからないことを言っていたものだった。

よく知っているなと感心してやると、顔でモテない奴はこういうとこでポイント上げなきゃだめなんだよ、と笑っていた。





「どれがどの星座かなんて今ではちっとも覚えていないがね」



ロイが今どんな顔でこんなことを話しているのかハボックは気にかかった。

半歩先を行く大佐の顔は当然見えない。



「だめだな、私は」



笑ったのが空気でわかった。



「数えるのも嫌になるほどたくさんの話をしてきた筈なのに、殆ど、覚えていない」



またこの人は泣きそうに笑っているのだろうか。



「あいつが教えてくれたことを、何一つ覚えていられなくなる日がくるんじゃないかと思うと、正直恐ろしいよ」



風はもうだいぶ冷たい。

星がさすような光を放っている。



「特にこういう星の夜はな」



ハボックは舌打ちしたいような気分でただ黙っていた。



時々ふいに目の前の人が消えてなくなりそうな気がしてならない時がある。

今が、それだ。



「大佐」



一寸、肩が震える。

ロイはああしまったと思いながらそのまま歩を進めた。

後ろにハボックの気配がないところをみると、彼は止まっているのだろうか。



「そん時は俺がいます」



声が少し遠い。

自分が歩くほどにその距離が広がるのをふと恐ろしく感じた。



「絶対 傍にいますから」



それでも足を止めずに前だけを見て歩く。

止まることはしないと、誓ったのだ。

あの日あいつと別れたあの雨に。

もうずっと後ろにいるような気がしている従順な部下に大きめの声で笑ってやる。



「だいぶ酔ってるな」

「かも知れません」

「いつの間にそんなに飲んでいたんだお前は」

「すんません」



ハボックもそこで思い出したように笑った。

それから一向に止まろうとしないロイにもう一度呼びかける。



「大佐」



止まることがないのは知っていた。

彼が止まれない理由をハボックは知っていた。



「家 こっち曲がんなくていいんスか」

「遠回りになるがこちらからでも行ける」



そこでロイははじめて歩調をゆるめた。



「来たくなければ 来なくていい」



そしてゆっくりと、停止する。



「来るか?」



ハボックは少しも迷うことなく返した。



「勿論」



その言葉を聞いてまたすぐに歩き出した上官に小走りで追いつくと、ロイは微かに笑っていた。













星が多く出ている夜だった。

上官とのみに行った帰りで、夜はだいぶ更けていた。

上官は言っていた。



「 守るって決めたんなら、どこまでもついてってやれ。

  例えそれが地獄の果てでもあいつの歩くとこならどこまででもな 」









「もちろん」





ハボックはもう一度声に出した。











星が多く出ている夜だった。



















13:58 2005/10/02






--- r e s e t ---





こっれはホントに苦労した。
普段使わない頭をたくさん使って書いた気でいるから、さまざまなものが詰め込まれすぎてやはりわけわからんことになっている。
この話に限っては大佐の呼び名はマスタングよりロイのがいいかと思って。




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