[ 4 t h t i t l e : 独 り 占 め ]





















「君を頂戴」






スマイルはすぐにケラケラと笑い出す。



「冗談だよ」

「おや冗談なのですか、それは残念ですねぇ」



ジズは少し肩をすくめ、人形の手入れをしていた手を止めた。

ゆるやかな午後だが会話は殆どない。

紅茶に浮かべたレモンをつつくのにも飽きたのであろうスマイルは、テーブルに肘をついてジズを眺めた。



「君が、どういう反応するかと思ったんだけど、大したことなかったね」



そうであることを予想はしていたものの、あまりに予想通りでは面白くも何ともない。

ジズの向かいの椅子に腰掛けたまま足をぶらつかせスマイルは不満げにそう言うが、顔は笑っている。

笑う以外の顔は滅多にしないのだ。

いいかげん仮面をはずせといったのはユーリだったか、それともアッシュだったろうか。

いずれにしろこの仮面の幽霊に出会う前だった筈だ。

何とも皮肉なものである。



そういえばジズに関しても笑っている以外の顔はあまり見ない。

少なくとも今考えただけではそれ以外の顔が浮かばない。

類は友を呼ぶということだろうか。








「ねェ」



手を止めたと思っていたジズはもう人形の衣装に見つけた些細なほつれを縫いなおし始めている。

今度は人形に視線をおとしたままで 何です、と訊いた。



「君は何?」



ジズはくつくつと笑って、治し終えた人形のぜんまいを回し、床に下ろす。



「それはまた、」



人形はかたかたと歩き出し、ほんの少しだけ いつの間にか開いていた扉の外へと向かった。



「随分と唐突な質問ですね」



ジズは人形が扉の陰に隠れて、完全に視界から消えるのを見届けてから言う。

おそらくあの人形を次に見るのは ジズが人形たちを保管しておいている部屋にちょこんと座っている姿だろう。

どういう仕組みかは分からないが、ただ直進するだけの能力を与えるのみの筈のぜんまいをジズが回すと、彼女に授かるのは定位置である棚の三段目へ帰還する能力となるのだ。



「私は只の傀儡回しですよ」



今更そんなことを言ったところで白々しいだけであるのだが。








ジズのよく使う細々とした魔法のような手品にもだいぶ慣れてきた。

今ではもう、ティーポットがひとりでにカップに茶を注ぎ足したくらいではスマイルを退屈から遠ざける役にも立たない。

模範的かつ優雅な動作で、ジズは紅茶を一口すすった。



「それとも貴方は、私が何か他のものであることをお望みで?」



猫の毛を逆撫でるような笑いを浮かべつつ、スマイルはジズから目線を外さない。



「仮にもしそうであるなら君は僕の望みのものになってくれるの?」



ジズは一応は考えるような素振りを見せていった。



「なりませんねェ、十中八九」

「君ならそうだろうねぇ」





すべてが贋物のような会話にも慣れた。

贋物の方がより本物らしく見えるのはそれほど珍しいことではない。

何よりこの奇妙な午後のお茶会をスマイルは気に入っていたのだ。








「僕はね、」



スマイルは言った。



「君は人形なんじゃないか、と思ってたんだ」





笑顔を彫り込まれたただの人形。

いくら精密な技術によって作られいくら巧みに操ることができたとて、与えられたものが笑顔なら出来得るのは笑う事のみ。

何故ってそれは人形だからだ。

人形の館の主が人形だった だなんて全くありきたりな話だけれど。



「“思っていた”というと、今はそうではないということになりますが」



ジズは片方だけの目を細めてスマイルの言葉を待つ。



「だって君は 誰かの物になんてならないじゃない」



勿論、僕のものにも、ね。

スマイルは笑った。





「ねぇジズ?」



ティーカップの底にわずかに残っていた冷めきった紅茶をゆっくり飲み干す。

最後にひとしずく檸檬の苦みが溶けていた。



「君が人形なら僕だけの宝物にできたのに」



芝居染みた口調でそう言ってちらりとジズを見ると彼はさも可笑しそうに笑っている。

そして光を映さぬ闇夜の瞳でスマイルを見据え、言う。



「人形になることはできませんけれど、」



ジズの笑うのは時々とても優しくて同時にとても残酷である、とスマイルはふと思った。



「貴方のものになら なって差し上げてもよろしいですよ」

「・・・じゃあオネガイしようかな」



折しもジズもまたスマイルの笑い顔について殆ど同じように思ったのだが、スマイルはそれを知らなかったし、知りようもないことだった。



「僕はとっくの昔から君のものなのだけれどね」





窓から差し込む黄金の斜光が、くだらない午後の幕間劇の終わりを知らせる。

今日はひとつでも嘘でないものがあったろうか。



「では約束致しましょうか」



あるとすればこの言葉であって欲しいと、縋るようにかすかに祈ってもいた。




「私は貴方だけのものに、
 貴方は私だけのものに 」




誓約書も無ければ指切りも無し、はたまた誓いの接吻も無いただの口約束を交わしたのち、スマイルは笑った。









「僕ら結局、どちらも人形だったのかしらん?」



















17:46 2005/03/24






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彼らを書くのは本当に苦労します。
頭の中ではこういうものなのだっていうのは分かっているんですけれど表せません。




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